Bリーグ

渡邊雄太という男が、また泣かせてくれる。

2026年02月25日 · 読了 6分
渡邊雄太という男が、また泣かせてくれる。

2026年2月26日 | カテゴリ:日本代表


このブログを再始動させた今日、最初に書きたい人間は決まっていた。

渡邊雄太、この男のことだ。


NBA2人目の日本人が、Bリーグへ戻ってきた理由

2018年10月、渡邊雄太はメンフィス・グリズリーズのユニフォームを着てNBAのコートに立った。田臥勇太に次ぐ、日本人2人目のNBA選手として。

その後もトロント・ラプターズ、ブルックリン・ネッツ、フェニックス・サンズ、そして再びメンフィスへ。NBA5シーズンを戦い抜いたあと、2023年に千葉ジェッツふなばしへ加入した。

「なぜ帰ってきたのか」という問いに、多くのメディアが答えを求めた。ある取材でこう語っている。NBAで感じた「世界との差」、それを今度は日本のバスケ界全体を引き上げるために使いたい、と。個人の夢だったものを、もっと大きな目標に変えたのだという。

ただの帰国ではなく、使命を帯びた帰還だった。


小学2年生で「NBA選手になる」と言い切った男の、本当の出発点

渡邊雄太は1994年、香川県三木町生まれ。父は実業団バスケ選手、母は日本代表キャプテンという”バスケ一家”の子として育った。

小学1年生でバスケを始め、2年生のころにはすでに「NBA選手になりたい」と口にしていたという。毎朝5時、父親との自主練は厳しかった。うまくいかない日は映像を見て泣いた。それでも、「やめたい」とは一度も思わなかったと後に語っている。

だが、中学での活躍にもかかわらず、全国強豪校からの声はかからなかった。高校進学という、最初の「現実の壁」にぶつかる。それでも地元の尽誠学園で恩師と仲間に出会い、2年生でウィンターカップ準優勝。バスケ推薦を使わずに渡米し、ジョージ・ワシントン大学のNCAAディビジョン1へ進む。

2016年オリンピック最終予選で全敗という挫折を経て、NBAドラフトでは指名漏れ。それでも諦めず、2ウェイ契約という茨の道からNBAの扉をこじ開けた。

206cm、98kg。到達点354cm。
数字だけ見ればとんでもないスペックだが、渡邊雄太の本当の武器は、何度倒されても立つ、その意地だったのだろうと思う。


「まだこんなに差があるのか」——それでも立ち上がれた理由

NBAで戦い続けた年月の中で、渡邊雄太は繰り返し「世界との差」を痛感してきた。

あるドキュメンタリーの中で、彼はこう振り返っている。「まだこんなに差があるのか、と打ちひしがれることが何度もあった」と。それでも諦めなかったのは、バスケが好きだという根っこの部分が、どんな挫折でもぶれることがなかったからだろう。

Players’ Tribuneに寄稿した手記の中では「言葉のチカラ」について書いている。アメリカという異国の地で、言語という壁にも向き合いながら、自分の意志を言葉にして伝えることの重要性。それは単なるコミュニケーションの話ではなく、自分が何者であるかを主張し続けることへの決意だったと読んでいて感じた。


沖縄で、2000人のファンの前でボールを投げた男

2026年2月。W杯アジア1次予選の前日、日本代表は沖縄アリーナでファン約2000人との交流イベントを開いた。

渡邊雄太はその場で観客席にボールを投げ入れ、大歓声を浴びた。報道ではそんな一場面も伝えられている。

試合前日、ナショナルチームの選手がファンを沸かせる。それがどれだけ大切なことか、バスケを愛してきた人間には伝わるはずだ。コート上だけじゃない。その周りにいる人たちも含めて、バスケを盛り上げていく——渡邊雄太という選手の姿勢が、こういう場面にも出ていると思う。


新体制で臨む代表戦、その言葉に滲む覚悟

2026年2月20日、渡邊雄太はこんなコメントを残している。

「今窓(ウィンドウ)は2連勝が必要。中国も韓国も、倒すべき相手として、チャレンジャーのつもりでやる」

前指揮官のトム・ホーバスHCが退任し、桶谷大新監督体制になってから初の公式戦。富樫勇樹とともに「自信をくれたトムさんに感謝している」と語りながらも、前を向く姿勢は揺るぎなかった。

そして2月26日、沖縄サントリーアリーナでの対中国戦。前半だけで47-33と14点差をつけ、渡邊雄太も攻撃を牽引した。

残念ながら後半戦は逆転される運びとなったが、課題はありつつも、

新体制の初陣を経て、日本は新たな勝利への道を歩んでいると感じます。


ばすけばかが思うこと

久しぶりに書いているから、うまくまとまるか不安だった。

でも、渡邊雄太のことを書いていたら、気づいたら長くなっていた。それが答えだと思う。

この人の何が好きか、ひとことで言えと言われたら、「諦め方を知らないところ」だと答える。ドラフト漏れでも、戦力外通告に近い扱いを受けても、世界との差を見せつけられても——彼は毎回、もう一度立ってきた。

日本代表として沖縄のコートに立つ渡邊雄太を見ながら、自分もバスケを諦めなかったことを少し誇りに思えた。

このブログも、そういう気持ちで再始動している。

また書く。


Text by ばすけばか14

タグ: #渡邊雄太 #日本代表 #W杯アジア予選 #AkatsukiFive #千葉ジェッツ #NBA #Bリーグ