河村勇輝のキャリアについて語る

今や国内バスケット好きの方であれば知らない方はいないのではないかと感じるほどに、有名となった河村勇輝選手。本日は、そんな彼のバスケットを始めた当初から、現在に至るまでのキャリアを書き記して行ければと思います。

比較的早くからバスケットボールに触れていた幼少期

河村勇輝選手がバスケットを始めたのは6歳の頃のこと、比較的バスケットボールに触れ始めたのが早かったようです。この頃、河村勇輝選手の両親は、自宅の庭にバスケットゴールを設置し、日常的に父親と1on1をしていたようです。今現在、ハンドリング能力が秀でているのも納得です。

小学2年生で地元のミニバスチームに加入し、4年生になる頃にはチームのスタメンに選ばれることとなります。

また、ミニバス時代のある敗北をきっかけに「毎日600本イン」(※500本説もあり)が日課となったそうです。小学生で600本インってなかなかハードですよね、、、シュート精度が高いのもこれもまた納得です。笑

最終学年の小学6年生の頃には、県内で負けなしで全国大会に出場を果たし、全国大会の決勝では、河村勇輝選手のバスケットカウントが決勝点となり、1点差で優勝を果たしています。

田臥勇太のファンである父の影響から、小学校6年間田臥勇太を始め、NBAの試合や選手たちのプレーのビデオを観て育ったと、あるインタビューで語っています。

ちなみに、今となっては日本代表入りが期待される河村勇輝選手ですが、当時は両親と同じ教師になるのが夢だったそうです。

中学時代は小川麻斗率いる西福岡に敗退 全中ベスト16

中学は地元の山口県の柳井中学校に進学をします。

超エリートコースを歩んでいるように感じられますが、中学時代は、中学3年時の全中ベスト16という結果にとどまっています。

中学最後の対戦相手はなんと小川麻斗選手率いる超強豪西福岡。河村勇輝選手はスリー2本を含む19得点をマークしますが、柳生中学 48-西福岡中学75点と大敗を喫します。

ちなみに小川麻斗選手はこの日19得点をあげキャプテンとしてチームを牽引しました。西福岡中学は、この後準決勝まで進出し、横地聖真選手率いる岩成台中学を前に敗退しています。

なお、全中の予選リーグでは、vs石出中学(新潟県代表)29得点、vs打出中学(滋賀県代表)36得点とその凄まじい存在感を示しています。

河村勇輝選手は、この中学最後の全国大会で福岡第一の井手口監督から声がかかり、進学することを決断したそうです。

中学3年当時、身長は169cm、プレースタイルは現在のようにバリバリのプレイメーカーというよりはシューター寄りのプレイを見せる場面もあったとのことですが、当時の映像をネットで探したところたどり着くことができませんでした、、、

また、この頃河村勇輝選手は、U16日本代表候補に選出を果たしています。

世間にその存在を知らしめた高校時代

河村勇輝選手自身、高校大学以降のキャリアでトップレベルでプレーするイメージすら持っていなかったと語っています。今の活躍からは想像もできませんが、、(笑)

才能が開花するきっかけになったのは、この井手口監督の元で学んだ高校3年間ということを、彼を見てきた方なら誰もが疑わないでしょう。

私自身、河村勇輝選手を初めて目にしたのは、ウィンターカップでのことでした。当時高校1年生だった彼ですが、帝京長岡の屈強なディフェンスを切り裂く姿は、とても高校1年生とは思えませんでした。ただ、当時は1年生ながらめちゃくちゃいい選手がいるなくらいの印象だったのは、正直なところです。帝京長岡には敗退を喫し、4位という結果にとどまります。

後に河村勇輝選手は、同じ福岡県のライバル、福岡大大濠とこの年のウィンターカップの準決勝で対戦し、敗退した経験が人生で一番屈辱的な日だったと語っています。福岡大大濠にはもう2度と負けないと心に誓ったそうです。

さらに存在感を強めたのは高校2年時のこと。U16、U18日本代表としてアジア選手権に出場を果たし、U18の大会では、富永啓生選手と共にアジアの舞台にその存在感を示しました。私もほぼ全試合を生中継で見ていたのですが、気づけば河村勇輝選手がボールを持てば何かしてくれるのではないか。とワクワクしながらプレイを追っていたのを覚えています。笑

この年のウィンターカップでは、高校2年生にして高校トップクラスのスピードとパスを武器に福岡第一を2年ぶり3度目の優勝へと導きます。

高校3年時には尋常ではないほどに、注目を浴びる選手となりました。田臥勇太選手の能代工業時代はまるでアイドルのような人気具合だったと耳にしたことがありますが、こんな感じだったのでしょうか。

ウィンターカップの決勝では、同じ福岡県のライバルである福岡大学附属大濠と対戦することとなります。もう何度も顔を合わせてきた両者であり、大濠も河村勇輝選手への対策は講じてきたはずでしたが、河村勇輝選手はそれをものともせず押しのけます。結果、河村勇輝選手は10得点13リバウンド11アシストのトリプル・ダブルを記録し、チームを再び全国の舞台で優勝に導きました。

大学進学は成功と言えるのではないか

特別指定選手として三遠ネオフェニックスにて高校生ながら活躍を見せた姿は、まだ皆さんも記憶に新しいかと思います。

大人顔負けのプレイの数々を見せ、Bリーグ新人賞のベスト5に選出された河村勇輝選手は、このままプロのリーグでやるべきだなどの意見も少なからず見受けられました。

私もその考えの1人でした。大学バスケはプロ予備軍として環境は整っているものの、彼ほどの実力の持ち主であれば、率直にプロでやるべきだし、大学に通い教職の資格取得をチームがバックアップしながら、このままBリーグで育成を考えるべきだなんて考えでした。

結局のところ、河村勇輝選手は教職免許取得を含め、東海大学でバスケットライフを送ることを選択します。

では、大学リーグ戦を経て現在はどう変わったでしょう。身体は以前よりも強くなり、シーガルズ仕込みのディフェンスを身につけ、状況判断能力も1年でかなり向上したように感じられます。

大倉颯太選手の2番手ガードとして、主にセカンドユニットで出場する機会が多かったとは言え、ほぼBリーガー候補生軍団とも言える東海大学の質の高い環境に身を置いたことが、彼の成長の背景にあるのは間違いなさそうです。

福岡第一の走るバスケットから一転して、ハーフコートバスケットメインのチームスタイルとなりましたが、変化へのアジャスト能力の高さも文句のつけようが無いですよね。

東海大学には、得点を取れる選手が多くいるので、得点をガンガン取っていた河村勇輝選手が好きな方には物足りないかもしれませんが、、

富樫勇樹選手との比較

河村勇輝選手の体格、プレイスタイルからすると、富樫勇樹選手と比較されることは、避けることができないと言えます。富樫選手との対決はリーグも一推しでピックアップしてましたね。河村勇輝選手にとっても代表選手の座を狙う1人としては目標としているところもあるでしょう。

個人的には富樫勇樹選手と差別化を測っていくうえで重要なポイントは、ディフェンスにあるように感じます。福岡第一、東海大学仕込みのディフェンスは、すでに現時点でもBリーグの中でも目を見張るものがあります。主力級のプレイヤーからボールを奪う場面をこの短期間でも何度か目にしたように感じます。

特別指定選手期間最後の横浜ビーコルセアーズvs川崎ブレイブサンダースとの一戦では、河村勇輝選手が日本代表の篠山選手、辻選手なんかからボールを奪っている場面なんかは、非常に興奮させられました。

富樫勇樹選手のようにクラッチタイムで決め切る力自体は、河村勇輝選手の場合、経験を積んでいけばこなせそうな気もするので、ぜひ河村勇輝選手には低身長でも世界で戦えるディフェンス力を身につけて、新境地を見開いて行って欲しいですね。

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