日本代表特集⑨〜安藤誓哉〜アルバルク東京

安藤誓哉選手といえば、攻守共に日本トップレベルの強度を誇るPGです。昨年はワールドカップ日本代表として篠山選手と共に日本を牽引しました。

東京都の江戸川区出身で、小学1年生の時にバスケットボールを始めています。比較的早くからバスケットを始めていたことを考えると、あれだけハンドリング力があるのも納得ですね。

小岩第四中学ではメキメキと頭角を現し、全国大会出場とまではいきませんでしたが、関東を代表するプレイヤーだったのは間違いありません。当時の東京都は京北中学の全盛期と、Bリーガーを排出しまくっている梅丘中学校が2強で、それを差し置いて全国というのはなかなか難しい勢力図でした。ちなみに私は同じ地区の学年が一個下でしたので、小岩第四中学校と当たれば、あー終わったなという印象でした。笑

世代を代表するプレイヤーへと成長した高校時代

中学卒業後は明成高校に進学し、2年時から主力としてチームを支えました。高校2年生時の2009年ウィンターカップでは福岡第一高校を下し、優勝を果たしています。準決勝の福岡大大濠戦ではなんと2年生ながら29得点を記録し、決勝では16得点の活躍ぶりでガードながらスコアラーとしての存在感も示しています。

ちなみにこの年田中大貴選手擁する長崎西高校は、優勝を果たした明成を前に屈しています。

翌年の3年生時は、インターハイにて準優勝の成績を残しています。優勝候補筆頭と思われたウィンターカップでしたが、シェリフソウ率いる沼津中央高校を前に初戦で姿を消します。この年はインターハイ優勝校の八王子高校も初戦で北陸高校とあたり初戦敗退となるなどぱっと見だと波乱の多い年だったのではないでしょうか。まあこの年の北陸高校は2m選手が2枚もいて黄金世代のうちの一つでそのままウィンターカップ優勝を果たしています。

話が逸れましたが、安藤選手は同年のバスケットボールアジアU-18選手権に出場するU-18日本代表に選出され、主力の役割を担いました。日本代表は8位に終わっていますが、安藤選手は1試合平均23.4得点を記録し得点王を受賞、ベストファイブに選出されています。

プロ選手になるべく大学バスケ部を退部

明治大学入学後から、ポジションをポイントガードに絞ってプレイしています。2年次にはインカレ3位、3年次には同準優勝に貢献するなど、大学バスケでもその存在感を遺憾なく発揮します。

4年生時は、若手を中心とした日本代表と、アメリカの大学が対戦する国際親善試合のメンバーに選出されますが、将来のオリンピック出場やNBAでのプレーを夢見る安藤選手は、よりレベルの高い環境を求めて大学バスケ部を退部することを決断します。それと同時に代表招集の話を辞退し渡米を果たします。

渡米後は夏期にプロ・アマ選手が参加して開催されるドリューリーグに参します。安藤選手は4試合に出場し、最後の試合では4分弱の出場時間ながら7得点を挙げ、なんとこれを評価したカナダのハリファックス・レインメンのゼネラルマネージャーの目に止まることとなります。

チームのキャンプを経て、安藤選手はレインメンと契約する運びとなり、カナダでプレイする初の日本人選手となります。

安藤選手はジョゼップ・クラロス監督の元でチームからの信頼を勝ち取り、先発ポイントガードとして全試合に先発出場するという快挙を成し遂げます。1試合平均10.2得点、3.9アシストを挙げ、このシーズンのオールルーキーチームに選出されています。

レインメンはこの年地区優勝を果たし、ファイナルズに進出を果たします。第6戦ではシーズン最多となる27得点を挙げた

しかし最終戦直前になって相手チームから乱闘を仕掛けられたことなどを理由に、チームは抗議の意思表示として第7戦を放棄します。このこれによりNBLから処罰されることになり、安藤選手もチームを離れ他の海外リーグ挑戦に向けて準備を始めます。

‪‪【カナダ時代のプレイがキレッキレ】安藤誓哉

同年の5月、NBLカナダでのファイナルズ期間中からオファーを送っていたフィリピンプロチームであるメラルコボルツと契約を果たし、チームのプレイオフ進出に貢献します。

シーズン終了後、安藤選手はNBAデベロップメント・リーグに所属するいくつかのチームでトライアウトに参加し、Dリーグドラフト指名候補のリストに掲載されましたが、ドラフトでは結局指名されることはありませんでした。

日本への帰国を決断し、リンク栃木ブレックスと契約しています。NBL 2015-16シーズン途中の加入で安藤は25試合に出場しましたが、平均出場時間は6.4分と、過去のシーズンに比べ出場時間を減らす結果となりました。悔しがる発言も見せましたが田臥選手や、渡邊選手のもとで得た学びはその後のキャリアで大きく影響してきているのではないかと感じます。

Bリーグ元年はチームに目玉の1人として活躍

Bリーグ元年の秋田での活躍は印象的でした。昨シーズン強豪チームでプレイタイムを勝ち取れなかった鬱憤を晴らすように活躍を見せますが、一方でチームの成績は奮いませんでした。結果残留プレイオフへ進むこととなり、横浜ビーコルセアーズと激闘の末敗れ、B2降格となります。川村卓也選手にブザービートを浴びせられた後に、崩れ去る安藤選手の姿は今でも忘れられません。教訓を糧に更なる飛躍を見せてくれるのではないかと感じさせられるような姿でした。

秋田での活躍、躍進を期待していただけに、その後のアルバルク東京への移籍は少し個人的には残念でした。結果本人のことを考えると、B2で独走して1年寄り道をするよりも、環境が整い日本代表クラスと練習からファイトできる環境は安藤選手にとっては必要だったのでしょう。

スタッツだけ見ても年々アルバルクで成長を重ねていることが伺えます。ルカヘッドコーチのもと、オフェンス面だけでなくディフェンス面での強度が格段に伸びているように感じます。

2017-2018シーズン 平均得点8.8点、アシスト2.5

2018-2019シーズン 平均得点9.7得点、アシスト3.2

2019-2020シーズン 平均得点11.5得点、アシスト4.4

日本のPG陣で二桁付近の得点スタッツを残す選手はほとんどいません。得点も取れるPGという点では非常に希少なプレイヤーと言えます。富樫勇樹選手に怪我があったとはいえ、ベンドラメ礼生選手を差し置いて昨年のワールドカップの代表選出は納得の結果ですね。

オリンピック再び世界へ

昨年は自身初のA代表として、世界の舞台に立ちますが、残念ながら世界の強豪を前に1勝もあげることはできませんでした。海外経験のある安藤選手でさえインタビューでは「本当に一瞬のフィジカルコンタクト、反応が違った」と吐露しています。

個人的には安藤選手は年齢的に、ネクスト篠山ポジションとして期待していいのではないかと感じています。ディフェンス強度、オフェンス共に篠山選手に劣らず、リーダーシップという点では強豪アルバルクでPGをこなし、代表経験を積む中でより確固たるものになるのではないでしょうか。

オリンピック開催が危ぶまれる中、篠山選手が年齢的に厳しくなってきたとすると、安藤選手はベテランポジションとして台頭してきているはずですので、再び世界の舞台に立った際には、代表を支える支柱として活躍してくれるだろうと信じています。

また、しばらく海外リーグからは遠ざかっていますが、欲を言えば世界の舞台で活躍を見せ、評価されて再び世界のリーグへチャレンジなんて姿も見てみたい気がします。世界を経験してきたプレイヤーの1人として、ここ1、2年の成長に期待したいと思います!

日本代表特集⑨〜安藤誓哉〜アルバルク東京編でした!

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